Kou Blackrockの記録-

大人になってから多くの国を旅し続けたKou Blackrock。
どの国にも、それぞれの秩序があり、人々の暮らしがあった。

最初のうちはその中で、自分の居場所や生き方を探していた。
だが、次第に気づくことになる。

「ここは、誰かにとっての“正解”であって、俺の理想とは少し違う」

誰かを否定するわけじゃない。
ただ—— もっと自由で、もっと粋に、もっと“自分らしく”生きられる場所があってもいい。

誰も傷つけず、かっこよく、芯を持って生きる国。
それが、Kou Blackrockの思い描いた理想だった。

だから彼は、自分の旗を掲げることにした。
まだ何もない荒野に足を踏み入れ、名もなき土地にこう名付けた——

「Black Frontier Bebop」

ここは、自由と創造の開拓地。
一人ひとりが自分の物語を鳴らす、粋な国だ。

今もKouは、仲間と共にその理想郷を形にしている。
国家の完成なんて目指さない。
“常に未完成”であり続けることが、自由だから。

‐これまでの国の歩みの記録‐

1900年1月

現在のフロビバ国土となる ルモワン州サンドニ に、後の大統領となる Kou Blackrock が流れ着く。

1900年2月

サンドニをはじめとするルモワン州全域で、後に「ルモワン疫病」と呼ばれる謎の感染症が確認され、急速に拡大。

1900年2月下旬

各地の市長・警察・救急隊のトップがサンドニに集結し協議を行う。
しかし、同行していた行政関係者や主要機関の責任者が相次いで感染し、政府機能は事実上壊滅。
同時に、サンドニを根城としていた裏社会組織も次々とトップを失い、治安と統制は急速に崩壊した。

1900年3月

ステイツ本土からの支援は一切行われず、国境は封鎖。
ルモワン州を含む5州は 無政府状態 に陥る。

1900年3月中旬~下旬

  • 職人、鍛冶師、漁師、医師
  • サンドニや湾岸都市から流れた一般市民
  • 土着の原住民
  • ブラックウォーターを根城にしていたギャング

…など多様な勢力が、ブラックウォーターの裏通りで秘密裏に接触し、協議を重ねる。

この頃、Kou Blackrock が密かに進めていた

「ステイツからこの地を切り取り、自立させる構想」
が基盤となり、ついに 独立の意思統一に至る。

この裏側の交渉劇は後に「語られざるブラックウォーター裏通り協議」として知られる。

1900年3月24日─ 封鎖と開国

徹底した 物流封鎖・患者隔離・家畜処分を伴う統制 を断行。
苛烈な判断の末、ルモワン疫病は 完全にルモワン州内に封じ込められた。

この成功を受け、Kou Blackrock はついに

Black Frontier Bebop の開国

を宣言する。

人口が激減した現状と、疫病地域の完全封鎖という前例のない事態を説明材料に各国へ交渉を行い、結果として

✔ 多額の義援金
✔ 開拓民の新規募集許可

を獲得。
これにより 限定的な移民受け入れ(β開国)が実現し、フロビバの歴史が静かに動き始めた。

1900年4月─ ストロベリー請願の日

β開国初期のある朝、まだ市長制度の枠組みすら定まらぬ頃の話だ。
当時の私は、国家の形を維持するために、市長を置く都市はブラックウォーターとバレンタインだけと決めていた。
行政の手も人材も足りず、欲を言っている状況ではなかったからだ。

そんな中、大統領府に二人の若い開拓者が訪ねてきた。
Nolan と Dan だった。

彼らの用件はただひとつ。

「ストロベリーを、僕たちにください」

正直に言うと、最初は断るつもりだった。何を言っているのかと。
β開国では自治都市を増やす余裕などない。
国はまだ“生き延びる”ことで手一杯だ。
山岳地帯の小さな町を扱う余力など、到底なかった。

だが二人は、ただ肩書きを欲しがっていたわけではなかった。

彼らは地図を広げ、獣道、狩場、木材の質、川の流れ、ストロベリーのわずかな店の配置まで指で辿りながら語った。

「ここには、狩猟文化が作れる」
「レジェンドハントの制度を整えたい」
「肉も木も運べる、仕事が生まれる」

その言葉の端々には、都市争いでも地位の欲でもなく、純粋な“愛着”があった。

β開国という制度が生まれたすぐあと、国の形すら曖昧な頃に、町に対してそんな眼差しを向ける者がいたことが、私には妙に嬉しかった。

彼らの提案は国家にとっても理にかなっていた。

食料(狩猟)
木工(森林資源)
初心者の就業口(制度化された狩猟)

当時のフロビバに足りなかったものばかりだ。

私は長い沈黙の後、静かに言った。

「できるのか、本当に」

すると Nolan は迷いなく返した。

「やります。制度ごと作ります」
「狩猟の協会も必要ですね、カサドールって名前で──」

Dan は横で必死に頷いていた。
その必死さを笑えなかった。
街を愛する者は強い。
国家を作るのはいつだってそういう人間だ。

その日、私は初めて方針を変えた。国家存続のためにではなく、未来へ繋がる可能性のために。

こうして Nolanはストロベリー市長となり、後に狩猟制度を担う カサドール協会 が生まれた。

〔同じ月の出来事:初代三市長が揃った瞬間〕

同じ月、私はもう一つの交渉に動いた。
バレンタインの市長だ。

商業と物流の中継点であり、馬と人と金がもっとも動く都市。任せられる人物は限られていた。

選んだのは Molly Mustang、初代バレンタイン・サルーンの経営者だ。

市長を頼みに行った時、彼女は一言だけ返した。

「面倒ごとは嫌い。でも街は嫌いじゃないわ」

それで十分だった。

こうして4月16日、国家に三つの柱が揃った:

•	ブラックウォーター市長:Yuz Lockhart
•	ストロベリー市長:Nolan
•	バレンタイン市長:Molly Mustang

国家と呼ぶにはまだ脆く、行政と呼ぶにはまだ粗末で、法律と呼ぶにはまだあまりに暖かい時代だった。

だがその脆さを支えたのは、制度でも軍隊でもなく、ただ都市を愛した人間たちだった。

1900年4月22日ー〔農業開放とエマーソン商会の台頭〕

建国初期、我々の国家にとって最大の弱点は「食料」だった。
飲食店の在庫は政府一括で仕入れ、配給に近い形で回し、民間に自由はなく、国家にも余裕はなかった。

だがβ開国が進み、狩猟制度が整い、物流が生まれ、
市長たちが街を管理し始めたことで、次に手をつける段階が訪れた── 農業 だ。

この4月22日、私は政府統制していた飲食物資を解放し、民間の手に「食」を戻すことを決断した。
食料自給率100%を目指すための最初の一歩だった。

しかし、制度を解放したからといって、すぐに畑が生まれるわけではない。
ここで重要な役割を担ったのが エマーソン商会である。

〔現場で土を触る商人〕

エマーソン商会の代表、カール・エマーソンは、政府や飲食店に頼ることなく、
自ら土地を開拓し、作物の栽培と供給に乗り出した数少ない人物だった。

カールの言葉は今でも覚えている。

「この土地の気候と土壌を知る開拓民こそが、本当の意味でこの国の食を支えるべきだ」

私はそれを聞いたとき、農業を“制度”としてではなく“文化”として捉えるべきだと気付かされた。

政府は枠組みを作れても、作物は育てられない。
育てるのはいつだって人間だ。

〔配給制度の終わりと交渉の始まり〕

制度解放の後、国内では最初の交渉が始まった。
飲食店とエマーソン商会の間で食材仕入れについて話し合われる光景だ。

その場では:

•	価格
•	納品頻度
•	品質保証
•	不作時の対応
•	冷害対策

と、現代の商取引でも通用する要素が飛び交った。

私は会議を遠巻きに聞きながら、「国家は形より先に生活が始まる」のだと痛感した。

カールは言った。

「これは単なる商談ではない。国の形そのものを変える交渉だ」

まったくその通りだった。
配給という“生存の仕組み”から、商談という“経済の仕組み”へ移行した最初の日だったのだ。

〔文化の導入:作るという技術〕

そしてもう一つ、この日を境に大きな変化が起きている。

農産物が育つなら、次に必要なのは 調理と加工だ。
この頃から私は、調理法や物品加工の技術体系を制度として導入し、料理や物品を民の手で生み出せる仕組み(クラフト) を解禁した。

これにより街にはこうした変化が生まれた:

✔ 狩猟肉を料理に
✔ 作物を保存食に
✔ 素材を道具に
✔ 生活品を商品に

飲食物や道具が誰かの手によって“作られる”という文化は、国家にとって単なる利便ではなく、
素材を心なきの商人に売り、外国に輸出するだけの時代の終わり、自立の文化そのものだった。

〔大統領としての本音〕

本音を言えば、この決断は怖かった。
農地は安定しない。
気候は読めない。
人手は足りない。
飲食店は不安になり、民は混乱する可能性もあった。

だが、国家とは 配給を続けることで守れるものではなく、
民が自らの手で生活を作ることで成立するものだ。

この日、配給が終わり、商談が始まり、
そして 食を“作る”文化が生まれた。

それは統制の終わりではなく、
自立の始まりだった。

〔余白に書かれたこと〕

記録には残らないが、この日私は
後の官僚たちに一つだけ命じている。

「農業を産業にするな。文化にしろ」

産業は人を集めるが、文化は人を定着させる。
国家に必要なのは後者だ。

エマーソン商会の存在はその象徴だった。
彼らは“金になるから”畑を耕したのではない。
“この土地を食わせるため”に畑を耕したのだ。

1900年4月上旬:0期開拓の荒野‎

0期開拓の終盤、都市はまだ未完成であった。
道は未舗装、建物は骨組みだけのものも多かったが、
それらは荒廃ではなく「始まりの痕跡」であった。

「制度より先に生活が動く国は強い。」

当時の大統領はそう記している。

1900年4月中旬:店棚の変化

0期前半、店棚とは大統領府が外から品物を配給する場所だった。
しかし後半になると鉄、板材、食品など国産品が並び始めた。

「棚は地図より正確に国の状態を教える。」

この変化は行政ではなく、生活側の革命であった。


1900年4月下旬:肩書きの誕生

狩りや採掘は単なる金を稼ぐ手段に過ぎなかったが、
この頃になると開拓者同士が互いを
ハンター、鉱夫、木こり、料理人と呼び始めた。

「肩書きは国家の体温だ。街が人に名を与え始めた。」

行政が定めたわけではない。
民が自ら決めた点に価値があった。


1900年5月1日:三市長の所信表明式

ブラックウォーター、バレンタイン、ストロベリーの
三市長が揃って壇上に立ち、初めて所信を述べた日である。
これは政府にとって初の所信表明式となった。

式後、大統領は0期開拓民と記念撮影を行い、記録にはこうある。

「役職は私が与えたが、信頼は彼らが勝ち取った。」
「この写真には国の“最初の顔”が写る。」

正式開国が行政行為のみではなく、
文化的転換点でもあったことが読み取れる。


1900年5月3日:開国の定義

正式開国を前に、大統領は書斎で次のような記述を残している。

「国とは、未完成を積むことだ。」

旗や軍ではなく
「未完成を共有し続けること」を国の基調と定義した日とされる。


1900年5月7日:正式開国

1900年5月7日、正式開国が宣言された。
広場に集まる者もいれば、遠くから眺める者、
何も知らず酒を飲む者もいた。

これについて大統領は、

「国は全員同じ方向を向くと死ぬ。」

と記している。

式の後、

「今日から国は“積まれ始める”。完成ではなく、始まりとしてな。」

との言葉が残されている。


開国後の第一歩へ

「0期開拓後半は、制度より先に文化が動いた月だった。」
「正式開国とは、“荒野の生活”に国名を与える行為に過ぎない。」
「0期はこの国の第0章。プロローグであり、挑戦の記録だ。」

正式開国により国は閉じられた土地ではなく、
人が出入りする場所となった。
ここから都市が社会性を帯び、暮らしが積み重なる期間へ移行する。